ボトルキープがこわい

一人で飲み歩くのが好きだ。夜にぽっかり時間があくと、すぐ飲み屋街に繰り出してしまう。おそらく自分は、酒そのものよりも“酒を飲む場”が好きなのだと思う。

そうは言っても、酒に詳しいわけでもアルコール耐性が強いわけでもないので、店の片隅でちびちびとグラスに口をつけている。吞兵衛(のんべえ)の称号は永遠の憧れである。

酒飲み上級になるための条件として、顔なじみ店を持つことと、ボトルキープをすることが重要だと勝手に思っている。
幸いにも顔なじみの店はいくつかあるが、ボトルキープは絶対にしないというマイルールがある。“呪縛”と言ったほうが適切かもしれない。

その誓いを立てたのは、飲み歩きという遊びを覚え始めた20代半ばのこと。
当時暮らしていた家の近所に、一軒の小ぢんまりとした居酒屋がオープンした。

木目調の落ち着いた扉に、手書き風の店名が入ったシンプルな看板。気品のある店構えだったが、暖色の照明がどこか親しみやすさを醸していた。いかにも“いい店”っぽいのだ。

恋人を連れ立って入店すると、予想は的中した。看板同様に暖色の照明で照らされた店内は明るく、「いらっしゃい!」と店主が笑顔で迎え入れてくれる。メニューも豊富で、黒板に書かれたおすすめ料理をいくつか注文したところ、家庭的でおいしかった。

店内に他の客がいなかったためか、店主はやさしく話しかけてくれて、会話が弾む。お酒も進み上機嫌になったわたしは、「どうせまた来るだろうし、ボトルキープしちゃう?」と恋人に持ちかけ、ウイスキーの角瓶を1本購入した。

初めて来たくせに、ボトルに名前を書き入れたことで常連の称号を手に入れた気になったわたしは、意気揚々と帰宅した。次回、「あ、そこのボトルを取ってください」と言うのを楽しみにしながら。

しかし、その店に行くことは二度となかった。
店主が夜逃げしたのだ。

仕事が繫忙期に突入して再訪が叶わないなか、2週間ほど経った頃、照明が消えていることに気が付いた。そのときは臨時休業かと思っていたが、いつまで経っても店の明かりは灯らない。そしてついに、店の扉に「入居者募集中」の看板が立てられたのだ。

もちろん、やむにやまれぬ事情があって閉店した可能性はある。
ただ、オープン直後にも関わらず店内ががらんとしていたこと、店に人が出入りする場面を目撃しなかったこと、そして張り紙など閉店の知らせが一切なかったこと。これらの要素が、夜逃げと判断させた。

あの店は幻だったのかもしれない。そう思ってインターネットで店名を検索すると、レビューサイトにその店が登録されていた。1件だけ記入された好意的な口コミ。アカウント名から察するに、店主本人が書いたもののように思う。

初めてキープしたボトルは、苦味を残してどこかへ消えてしまった。半分以上残ったウイスキーはどうなったのだろう。せめて誰かが代わりに飲んでいてほしい。

この出来事がトラウマとなり、どんなに足繫く通う店でも、ボトルを入れていない。なんとなく、ボトルキープをすると店が消えてしまう気がするのだ。好きなお店がなくなるくらいなら、わたしは永遠の酒飲み初級でいい。

 

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