ゴッホを見た後に、世界平和に貢献した
まだ寒さが残る春の始まりに、泊りがけで《大ゴッホ展》を見に行った。福島県まで行くのはちょっとした遠征になるが、5月末から始まる東京の巡回展が大混雑となるのは必至。それならば、空いていそうな遠方の地で名画を鑑賞したかったのだ。
そんな目論見はあっけなく外れてしまう。朝イチのチケットを確保して美術館に行くと、開館まで時間はたっぷりあるのに、入口前は長蛇の列だった。列に並びながら作戦を練る。この状況でどう混雑を避けて名画を鑑賞するか。目的のために、手段は選んでいられない。そこで我々は、ある作戦に打って出た。序盤をスキップし、真っ先に大本命の『夜のカフェテラス』を目指すのだ。

福島県立美術館前。写真の外にはもっと長い列が続いている。
展示順を無視するのは邪道かもしれないが、美術館のスタッフさんも「お好きなところからご覧ください」と言っていた。つまり合法である。目的のために、手段は選ばない。もちろん常識の範囲内で。

作戦は大成功だった。展示室内にはすでにそれなりの人数がいたが、『夜のカフェテラス』の前には鑑賞者が一人しかいない。心だけ駆け足で名画に向かうと、運よく先客は立ち去り、名画を独占できた。わずか15秒ほどで他の来場者が集まり始めたものの、じっくりと絵を堪能できた。

展示作品の写真はあまり撮らない主義だが、この日ばかりは撮影した。だってゴッホだもの。
余韻を噛みしめながら、車で帰路に着く。道中、宇都宮で餃子を食べることにした。目当ての有名店は混雑のため断念。名画のためには並べるのに、食事の列並びに対する忍耐力は持っていなかったらしい。そして、斜め向かいにある別の餃子屋に入る。
席は8割ほど埋まっていたものの、店員さんが多数店内で控えていたため、早めに食事にありつけそうな気がした。厨房を前にしたカウンター席に通されると、夫は餃子定食、わたしはラーメンを注文。
待つこと15分、餃子定食が先に到着。餃子を少し分けてもらい、ラーメンを待つ。さらに5分ほど経つと、厨房が騒がしくなる。「5卓のニラ餃子6個、もうできましたか?」――どうやら、しびれを切らした先客が状況を問い合わせたらしい。慌ててニラ餃子の調理が始まったものの、5卓さんは注文をキャンセルした。
空っぽになった夫の皿を目にし、自分の注文がきちんと通っているのか不安になる。注文から25分。念のため、注文が通っているか確認をした。目の前の鍋からは麺を茹でている雰囲気は感じなかったが、調理中だという店員さんの言葉を信じて待つことにした。
すると、バイトリーダーらしき威厳を称えた店員さんが「お待たせしているお詫びに、こちらをサービスします」と皿を差し出した。6個入りのニラ餃子。たぶん、さっき出しそびれた5卓さんのニラ餃子。
厨房の様子が筒抜けの客に、さも我々のために調理したかのようにニラ餃子をリサイクルするその度胸は、尊敬に値する。その肝っ玉に敬意を表し、ニラ餃子もラーメンも美味しくいただいた。
フードロスを防ぎ、怒りの矛を店員さんに向けるどころか、ミスのリカバリーにまで貢献する。これを世界平和と呼ばずして、なんと呼ぼうか。

